麻雀をしていて親を迎えたとき、あるいはオーラスを迎えたとき、いつもの手牌を見る目と違った感じになることがあります。なぜなら、そこでいろいろな思いが芽生えてしまうのが打ち手の常だからです。でも、それは長い目で自分の麻雀ライフを考えたときに、本当に些細なシーンの一つにすぎません。それよりももっと大事なことがあります。自分自身の運を育てていくというテーマを忘れてはいけません。これは人生につながります。
がドラです。親でオーラスを迎えて3番手にいる、あるいはラス目にいて、どうしてもアガって連荘しなければいけないといったときに、タンヤオで仕掛けていってもいいのではないかという目線に変わってしまうのです。
これぐらいのテンパイを門前で目指そうと思うぐらいは誰でもできるわけです。ところが、もう後がないとか、あるいはまだ親で連荘したいとか、そういう欲望があると、つい喰いタンヤオを考えてしまいます。もちろん戦術的には、それは悪くない選択です。でも、運を育てるのであれば、せめてピンフ、ドラ1の形に持ち込みたいです。親とかオーラスとかトップとか、そういうものにこだわっている限り運は育ちません。














